こんにちは!
YouTube やInstagramでレッスン動画を配信している、Haruna Pianistです。
インスタのリールやYouTubeショートで載せている、
作曲家の人生1分ダイジェストシリーズ
を、ゆっくり文字で読みたい方のためのブログです🎶
もちろん、1分では語り切れなかった内容も少し補足して書いていきます!
それでは第2弾、大バッハ先生です🎶
音楽を聴きながら、記事をお読みいただけます。

1685年3月31日
アイゼナハ生まれ
牡羊座
音楽家一族に生まれる
9歳の時、母親を失い
翌年父親も他界、兄に育てられる
生涯2度結婚し、
11男9女をもうけるも、半数は
幼くして亡くなっている
小さい頃、兄から楽譜を盗み
夜な夜な半年かけて写譜するほど
音楽に没頭していた逸話がある
当時から即興演奏の大家として
世間に名を馳せていたが…
当時ライプツィヒの新聞社が行った
作曲家人気投票では7位…
(1位テレマン、2位ヘンデル)
生涯バッハはヘンデルとの面会を
強く希望していたものの
ヘンデルに招待を断られ断念
当時ヘンデルははるかに有名であり
バッハの方が意識していたが
片想いであった…
仕事面ではトラブルメーカーであり
よく契約内容で揉めたとのこと
(温厚な人物ではなさそう)
作曲スタイルは対位法を幅広く用い
時刻ドイツ流に留まらず、イタリア
フランスのスタイルも取り入れた
1720年、最初の妻が
バッハが領主のお供で旅行中に
地元で急死
しかしめげずに同年
16歳年下の歌手
アンナ・マクダレーナと再婚
13人の子に恵まれたが
7人は夭逝、2人の息子は
後に作曲家としても名をあげた
バッハはこのアンナ・マクダレーナに
音楽帳を2回に渡り作っており
2冊目は超有名メヌエットも収録
1749年5月末
脳卒中で倒れたが回復
しかし翌年、目の手術失敗
それに伴う炎症や後遺症に
体力を徐々に奪われ
65歳でこの世を去った
ここまでがYouTubeショート&Instagramリールからの抜粋です🎶
*BGMのトッカータニ短調はオルガン用の曲なので、
チェンバロ用の曲とはまた違った奏法を取り入れています。
長い音がどうしてもオルガンのようにずっと伸びてくれないのが難しいです!
さてさて、『音楽の父』、J.S. バッハ。
死別した年に、16歳年下のアンナ・マクダレーナと再婚…
それから更に13人子供を…とか、中々すごいですね!!
ヘンデルに招待断られた件は微妙に切ないです。
しかし末男のヨハン・クリスティアンは、後に『ロンドンのバッハ』と言われるようになり
ヘンデルの後継者というポジションにまで上り詰めます。
(この時点では、J.S.バッハは『”ロンドンのバッハ”の父親』程度の知名度だったとか…)
今では考えられないですね!
バッハ先生…ドヤってください!
現代では圧倒的に先生の知名度が上回っています!😆
そして動画には載せていませんが、
実は1717年に…契約問題のトラブルで
1ヶ月間投獄されいてるんです!😱
人気投票の結果や上記の知名度からも見てとれるように、
生前はそこそこの評価…といったところでしょうか。
死後急速に忘れ去られかけたものの、
モーツァルト、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ショパン、シューマン、リストなどの
偉大な音楽家達はいずれもバッハの曲に触れ、学び、引き継がれ、
メンデルスゾーンのマタイ受難曲ベルリン公演によって、
ようやく世間に高く評価されることに…。
因みに、モーツァルトは大バッハ先生の(既出の)末男、
ヨハン・クリスティアン・バッハとロンドンを訪れた際(1764年)に親しくなっており、
作曲面でも大きな影響を受けたと研究者から指摘されています。

偉大な作曲家たちの、歴史的繋がりが分かると、
音楽史の流れも自然に頭に入りますよね🎶
少しでも身近に感じてもらえれば嬉しいです!
*バッハの演奏スタイルにお悩みの方は
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Haruna Pianist